新年最初の映画は【ファンタスティック・プラネット】を観ました。
以前も観たことがあって今回は再鑑賞なんですが、感想を書いたつもりで書いてなかったな。
宇宙のどこかにある惑星イガム。ここでは巨大な人類・ドラーグ族が文明社会を支配し、小さな人類・オム族は原始的な生活を強いられ、ある者は虫ケラのように扱われ、ある者はペットのように飼育されていた。ドラーグ族の議会では、オム族の知性に脅威を感じており、オム族絶滅を主張する強硬派とオム族との共存を図る穏健派が対立していた。- Wikipedia から引用
ザジフィルムズの特設サイトでは予告映像が見られます。
現実世界の大きさに例えると、ドラーグ族が人間サイズだとすると、オム族の大きさはシルバニアくらいの大きさ。
まずやっぱりビジュアルがすごい。人間のオム族に対し、ドラーグ族は真っ青な身体に見開かれた真っ赤な目。ただ、現実世界では見ない姿ということもあり初めは怖く感じるけど、オム族に友好的なティバや、その父・シンに対しては恐怖が薄れていくから不思議だ。このあたりの心理は現実世界でもよくあるよなあ。
しかし友好的であるといっても、自分達より下に見ているからこその扱い方をしている。
ティバはオム族の子供を拾いテールと名付け可愛がる。ティバなりにテールの事を大事にしているけれど、扱い方はまさにペット、もしくはおもちゃのよう。着せ替えをしたり、イタズラをしたり、勉強の時も手元から離さない。これらはまだ可愛い方だが、一方でやはりそれなりの扱い(自分達とは対等ではない)が見られる。
ティバの友人達がオム族を戦わせ遊んでるところに呼ばれるシーンがある。この戦いは殴り合ったり首絞めがあったりと、ほぼ殺し合いのようなもの。オム族達も自分が生き残る為に必死なのだ。ティバは最初、「あなたの(オム族)は乱暴するから嫌」と抵抗するものの、なんだかんだで「私のテールは強い」と戦わせる。
ここら辺は現実の人間でもやってしまっているな、と思う。こうやって描かれると考えさせられるものがある。
ドラーグ族はオム族がかつて文明を築いていることを知っている。それが自分達を脅かすものとして恐れている為に、圧倒的な体格差と知識で制圧していった。
その状況を打破したのがテール。ティバが勉強する際、テールも一緒に学習しドラーグ族の知識を身につけていった。そのテールがティバの元から脱走してから物語は動き出してゆく。
テールのおかげでオム族達は知識を得ることができ、ドラーグ族を反撃出来るまでに至る訳だけども、自分だったら何倍もデカい生き物に立ち向かうなんて絶対出来ないので、テールってすごいな…(急な浅い感想)
作中でドラーグ族に指で弾かれたり踏み潰されたり、しまいにはオム族狩りまで行なわれたりとオム族達の扱いは散々たるもの。そんな奴に立ち向かえますか?…怖いよォ!!
最終的に和解に至ったのはシンが「お互いに共存する道を」と働きかけたからだけど、その意見を受け入れるということは、根本的に自身の考え方まで変えなきゃいけないドラーグ族まで居た訳で。逆にオム族だって、今まで受けた仕打ちの仕返しをしたい奴だって居たかもしれない。種族、という大きなテーマで捉えると私には難しい。でも友達や家族、他者との関わりでも言える話なんですよね。
音楽がずっと良いんだよな〜〜。本当に音楽のことはさっぱりなので、全然説明出来ないんですけども…。全編通して物悲しいけれど、好きなメロディ。
あと特徴的な美術。ドラーグ族の瞑想シーンははっきり言ってゾワゾワしてしまい怖い。
ドラーグ族の生殖の表現が印象的。これを生殖の表現としよう、という発想は私には一生浮かぶことが無いだろう。
畳む.